しなやかな肢体に欲望を叩き付ける。
何度も、何度も、激しく、角度を変えて。
最奥の奥まで潜り込んで、いつでも綺麗なそこを犯して、自分と言う欲望の形を徹底的に覚え込ませる為に、繰り返し穿つ。
どれほど貪り、喰らっても、足りない。渇望する。貪欲に、お前の存在を。
絡まる四肢。何度も交わされる唇。唾液を交換し合い、汗を舐めとる。
繋がった部分はすでに放たれた液体でドロドロのぐちゃぐちゃになっていたとしても。
それでも、まだ足りない。
快楽と苦痛に眉を寄せ、のけぞるその頭を捕まえ、滅茶苦茶に唇を奪う。
好きだとか愛してるとか、愛の言葉を紡ぐことすらなく、ただ互いの息遣いとぐちゃぐちゃとかき回す音だけが、辺りに響き渡る。
何度目になるかわからない絶頂を迎え、最奥に全てを叩き付けようとしたその時に。
「ッ!!」
己の上げた声で、意識が覚醒した。
ハッと目を開くと、辺りは暗闇で何も見えない。
全力疾走してきた後のように、心臓が早鐘を打ち鳴らす。
何をしていた。何があった。
感覚が戻らない。状況が把握できない。
一度目を瞑って、ゆっくり息を吐き出す。
指先が動くことを確認して、そこからゆっくり力を入れていく。
どうやら自分は寝ていたようだ。
畳の上に直接敷いた布団から起き上がる。
自室だった。見慣れた部屋。いつもと変わらない景色。自分以外誰もいない部屋。
ふと違和感を感じ、己の状態を確認した。
そして、真澄鵠は頭を抱えた。
「最悪…」
後味の悪い夢を見た。
快楽に溺れなりふり構わず、セックスをしている夢。
あまりに強烈過ぎて、久しぶりに夢精なんてものもしてしまった。
夢の中で、吐き出しきれなかったのか、未だ元気な自分自身に軽い溜息を吐く。
エロい夢は、たまに見ることある。
何せ、真澄は汚れない聖人君主などではなく、芽生え始めた欲に正直な青い春を謳歌中なのだからだ。エロ本だって見るし、AVだってクラス中で回っているのを借りてじっくりみたこともあった。
だから、夢精しようが、何をしようが、健全な男子であれば、自然の摂理であって、世間様に迷惑さえかけなければ何ら問題ないはずである。
しかし、今の夢には問題があった。
快楽に身を任せ、激しく抱き合っていた相手。
その夢の中の相手が、自分の相棒を自負して憚らない親友の花村陽介、男だったと言うのが頂けない。
随分と生々しい夢だった。
絡めあった舌の感触や、滑らかな肌、花村の中の熱さと締め付ける感触。
未だに覚えている。
夢なのに。この手で抱いたことさえないのに。
何故、こうもはっきりと感覚が残っているのか。
まさか夢で、実際に会って抱いたなんてことは、ないだろうけれども。
テレビの中に入って、ペルソナを使いシャドウと戦っていると、実際夢の中の実体化も有り得ないことはないと思ってしまうから、不思議だ。
暗闇の中、机の上のデジタル時計を見れば、午前3時を回ったばかりだった。
起きるにはとても早すぎる時間だ。寝なおそうと思ったが、こんなに自身が元気な状態では眠れないだろう。
抜く為に、己の自身に手を伸ばす。
濡れてしまった下着を脱ぎ捨て、固くなった茎を握る。
敏感になっているのか、触れた場所から体が震え、ハッと息が漏れ出る。
先端を撫で上げ、爪で刺激し、強弱をつけて扱く。
ペロリと舌で唇を舐めた。例え自分で慰めるのであっても、快楽は嫌いではない。
勿論、おかずに思い浮かべるのは、夢の感覚も生々しい花村のことだ。
何度も体育の着替えの時などに隣で見ていた、がっちりとした筋肉はついていないが、均整の取れた花村の身体を捕らえ舐め上げては、快楽に潤む瞳を、突き上げれば嬌声を上げて喜ぶその顔を思い浮かべる。
夢の中でも空想の中でも、花村は、積極的に絡んできた。
誘いこまれるように挿入すると、キュッと締まる穴の奥は、今までに感じたことのない快楽の連続だった。
「ん…、クッ!」
ガマンする気はなかったので、早々に精を解放する。布団に飛び散ってしまわないように、ティッシュで受け止めた。
そして一息ついた後、とてつもない罪悪感に襲われる。
親友をおかずに使ってしまうなんて。
やはり、最悪だ。
ごめん、陽介。
残滓を綺麗に処理した後、汚してしまった下着は、捨ててしまうに限る。
洗濯担当の菜々子に何かツッ込まれるよりは、下着を新調したほうが早い。
この場に、花村が居なくて良かった。真澄は居たたまれない気持ちになって、とりあえず布団を被って寝なおす事にした。
真澄と花村との出会いは強烈だった。相次ぐ花村の股間撃沈。ゴミ箱に突っ込む花村。テレビに入ってしまった自分。そして花村の憧れの人の死。
たった5日かそこらで目まぐるしく変わっていく日常。
そんな中で花村は自分の影という、己のコンプレックスでもあり、抑圧された本心を暴露させられた。その影の暴走を何とか止めた後、素直に花村はそんな自分と向き合い、影がペルソナと昇華した。妙にサッパリした顔で、こんな事知られたのがお前で良かったと、少し恥ずかしそうに笑った。
その顔にやられた。
フツウ、そんな顔して笑わないだろう。
反則だと思った。
一目惚れだと言って過言ではない。
しかし、真澄はそんな想いを花村に告げられなかった。
真澄の戸惑いとは別に、二人で共通の秘密を持ったことで、急速に二人の関係は親密になって行った。
全面的な信頼を寄せ、屈託のない表情で笑う花村に、どうして自分のどす黒く渦巻く感情を叩き付けることが出来るだろうか。
いっそ、自分のペルソナもシャドウ化して、暴走して全てをぶち壊してしまった方がどんなにか、楽だろう。
だが、いくつものペルソナを使いこなせる所為か、一向に自分のペルソナがシャドウ化する気配はない。
そもそも、真澄は花村との今の関係を壊したくはないのだ。
居心地のいいこの場所を他の誰にも開け渡したくないのもあって、真澄は、そっと想いを胸にしまいこむ。
太陽のような君の信頼と期待に背かないよう、せめて、隣に立っても恥ずかしくない親友で居ようと心に決めた。
が、強力な伏兵は常に自分と隣にあったのだ。
★
「陽介、一緒に弁当、食べるか?」
「え? マジで? 行く行く!」
花村に対する罪悪感から、早朝から起き出して、真澄は弁当を作った。
弁当の残りは、朝起きてきた堂島や菜々子が、びっくりするほど豪華な朝ごはんとなった。
昼休みに弁当をチラつかせ、一緒に食べるかと誘うと、花村も慣れたもので、大きな尻尾を振って屋上へ着いてくる。
「俺、今日辺りお前からのお誘いあると思ってたんだ」
花村はリズムよく階段を上って行く。ご機嫌な様子だ。
「随分冴えてるじゃないか」
「や、実は今月の小遣いピンチで、そろそろ真澄からの天の恵みがあればいいなーってちょっと念じてただけ」
「天の恵みって…お前なァ」
「へへへ、でもサンキュ、誘ってくれて、チョー嬉しい! 俺、お前の弁当大好き」
階段の上で後からついてくる真澄に振り返って、屈託のない笑顔を向けてくる花村に、胸はドキンと高鳴る。この笑顔が見たくて弁当を作っては花村に貢いでいるようなものだ。
料理は嫌いじゃない。昔から母親の教育の一環で、家事手伝いもさせられていたからだ。なので、気が向いた時や、冷蔵庫に何かあれば弁当を作っては友人たちと一緒に食べる事にしていた。
その腕前は、真澄の手料理を食べた誰もが舌を巻き、魅了される程だった。
今やすっかり花村は、真澄の弁当の大ファンで、それはつまり胃袋を真澄につかまれてしまったということになる。
屋上へ上がると、見事な秋晴れで、若干風はあるものの、その風すら心地良かった。
昼休みは、結構屋上へ上がってきている生徒たちも多く、その中でひときわ目立つ集団に気づいた。
久慈川りせたちの1年生組が同じように屋上で弁当を広げていたのだ。
当然向こうもこちらを確認すると、嬉しそうに手を振ってくる。
「きゃー、先輩、偶然ー」
「どもっス」
「こんにちは」
アイドル休業中の久慈川りせ、探偵王子と名高い白鐘直斗、そして泣く子も黙る筋金入りの不良な巽完二。
一見、この三人の接点は全くなさそうに見えるが、マヨナカテレビ特捜部として、秘密を共有しあっているため、自然と一緒に行動するようになったらしい。
現に、真澄も花村や、里中たちとともに行動することが次第と多くなっていた。
「よォ、お前ら相変わらず仲良いな!」
花村がにこやかに3人の元へ近づいて行く。
この流れでは、一緒に昼飯を食べることになるだろう。
真澄は、花村を独占できなかったことに内心で舌打ちをするが、そんな事を億尾にも出さず、花村の後を追った。
「仲いいのは、センパイたちでしょー?」
花村の挨拶に、若干面白くなさそうに、頬を膨らませたのは久慈川だった。
確かに、真澄が花村と一緒に居たいので、互いに用がない限りは、なるべく一緒にいるようにしている。花村も気が合う親友が出来たと、疑問も抱かずに喜んで付き合ってくれるので問題はないだろう。
「ん? ま、そこは否定できねェな。だって俺達親友だもんな、相棒!」
「不本意ながらそういうことになるね」
ばちこーん☆とウィンクを寄越してくる花村に、真顔で反応を返せば、即座に抗議の声が上がる。
「うわー、ひでぇ! 何、その不本意って! 俺が親友だってことがイヤってことなの?」
「そう言う意味じゃないかな」
「じゃあ、何だってんだよ!」
「ナイショ」
「えええええッ? 俺って実は真澄に弄ばれてんの?」
「どうかな」
今の立ち位置に不満があるわけではない。けれど、あんな夢を見てしまった後だからこそ、不満が実はあったのかもしれない。そういう意味合いをこめての不本意だったが、花村は別の意味の不満として取ってしまったようだ。
そこは誤解させたままの方がいいだろうと、真澄はそれ以上は黙秘権を行使することにした。
きゃんきゃんと騒ぐ花村の言葉を聞き流していると、恐らくこの中で一番周りを見ているだろう白鐘がにこりと笑って気を遣ってくれた。
「それよりも、先輩方、立ちっ放しもなんですし、ご一緒に如何ですか? あまり騒いでると、周囲にも迷惑になりますし、ご飯、食べ損ねてしまいますよ」
「おッ、と、そういえばそうだった! 真澄が何か言ってたって、俺分かっちゃってるもんね」
「何をッスか?」
お昼ご飯の言葉に反応した花村は、巽が横にズレて空けた場所に座るとチラリと真澄の方を見ながらニヤニヤと笑みを浮かべた。
「俺の為にわざわざ弁当作ってくれるくらい、真澄ってば俺のこと愛しちゃってんのよ」
久慈川が嬉しそうに注いでくれたお茶を飲もうとして、思わず真澄は噴き出しそうになったが、花村の言葉に周りの面子が反応した方が早かった。
「えー!? 何、嘘ッ、ズルイッ! 花村センパイ、ズルイズルイ! りせも食べた~い!」
「ハイハイ、俺も食いたいッス!」
「花村先輩、一人占めはよくないと思います」
真澄の作る弁当に魅了されている、ベントーズ達には何よりも魅力的な言葉に聞こえたようだ。
「ヤだ! いいか、ご飯粒一粒たりともお前等にはやらねェぞ!」
「えー、ケチー、りせの作ってきたお豆腐弁当あげるから交換して」
「それはレアアイテムかも知れねェけど、絶対に、イ・ヤ・ダ!」
豆腐嫌いの花村にはイヤガラセにしか思えない交換条件である。それ以上に、久慈川の作る食べ物が、正直まともな味だった試しがどこにあっただろうか。
予め渡しておいた弁当を久慈川たちに取られまいと必死に抵抗する花村を見て、真澄は笑ってしまった。
「りせ、それは陽介に作ってきた弁当だから、取上げちゃダメだよ。代わりに俺の食べる分あげるから三人で分けるといい」
どうしても食べたいと大人気なく駄々をこねる花村に機嫌を良くしたので、久慈川の膝の上に自分の弁当を置いた。
そもそも、花村に色々と申し訳なくなって作った花村の為の弁当だ。
それを他の人に食べさせる気はない。そうなると、ついでに作った自分の分を分け与えるのが一番手っ取り早い。
「きゃー、いいんですか? ありがとうセンパイ」
「え? でも真澄先輩、他に食べるものは?」
「その弁当戴くよ」
「え、ちょ、それは止めたほうがいいッスよ!」
真澄は久慈川たちが取り囲んでいた弁当を見て、食べるといった言葉を瞬時に取り消したい衝動に駆られてしまった。
そこに置いてる弁当。どうやら久慈川が作ってきたものらしいが、大きな容器に一面の豆腐。
その上に、チョコレートや海苔、それに生焼けらしき鮭がトッピングされている。
なるほど、これは確かに豆腐弁当だ。花村は食べられない。
おかん級の寛容さ、そして、豪傑の勇気を所有する真澄ですら、怯んでしまう弁当だった。
「…りせ、豆腐はうまく作れるようになったんだな」
「うん、お婆ちゃん直伝だから!」
要らないという言葉を飲み込んで、他に誉めるべきところが見つからないところを褒めると、久慈川ははにかんで頷いた。
こういう笑顔を見ると食べなければと思うのだが、むしろこんな弁当を食べさせられようとしていた巽や白鐘に同情を覚える。
「あ、先輩、ほら、僕たちちゃんと食べられる物買ってきてるんで、一口だけ頂けたらいいですよ」
「そうッスよ、流石にこれを全部食ったら死ねると思うぜ」
「完二~、なに、その言い方!」
「うるせー、じゃあ、人に押し付けずに自分がまず食え!」
豆腐を掬う為のスプーンを片手に持ったまましばらく固まっていた真澄に、白鐘と巽が慌ててフォローを入れる。何だかんだで、結構リーダーに優しいのだ。
しかし、巽に怒鳴られた久慈川は面白くなさそうに真澄の弁当袋を弄り始めた。
「だって、皆の為に作ってきたのに、どうして私が先に食べなきゃならないの?」
「えーと、あのさ、味見って大事だと思うぜ?」
「食べたら形が悪くなるじゃない!」
「いや、だからさ…」
久慈川の気持ちは理解できる。皆の為に作ってきて自分が味わうよりも、皆に食べさせてあげたいという献身的な気持ちだろう。しかし、破壊的な料理音痴にありがちなのが、味見をしないということだ。何故味見をしないで大丈夫と思うのだろう。
料理なんて、味見が基本なのに。
花村が、なるべく角が立たないように、久慈川を説得しようとするも、失敗した。
皆に散々なことを言われた久慈川が、頬を膨らませて、じわりと目に涙を浮かべ始めている。
真澄は、それを見て覚悟を決めた。一度決めると、怯むことはない。
久慈川の作った弁当へ手を伸ばし、巽や花村が止めるのも聞かずに、一口食べる。
「先輩、やめた方が!!」
「わー、ちょ、おまッ、大丈夫か?」
「……」
チョコレートが載っているのが許せないが、一応豆腐の味がした。チョコと混じり合っていて甘いのに、ただ、どこかにピリっとする辛さがあるのが謎だ。ただ夏の暑さに冷やされずに弁当箱に詰め込まれていたのが原因か、大変生ぬるい。むしろ湯豆腐を冷ました感じだ。
鮮度は大丈夫かとか、腹を壊しそうだなとか、一瞬のうちに脳裏を駆け巡ったが、一応食べられないものではないことは確認した。
「一応、食べられるな」
味の保障はしないけれども。
あえて言わなくていいことは口にする必要はない。
微妙な味に対しての感想は言わない。言い始めると食べられなくなるからだ。
「でしょ? でしょ? きゃー、先輩やっぱり大好き!」
久慈川は、食べてくれたことに感動している。
「マジかよ…食いやがった…」
「俺、胃薬持ってるッスよ!」
「ほら、陽介も食べてみな」
巽が差し出してきた胃薬を受け取った後、スプーンで豆腐を一掬いして、花村の前に持って行く。
「や、お、俺は豆腐嫌いだし?」
「豆腐の味はそんなにしない」
「いやいやいや、豆腐の味しなくても食感も嫌いだし」
「不思議と、噛み応えがあるぞ」
「で、でも、それなんか変なもの載ってるし! てか、俺にはほら、真澄が作った弁当あるし! あッ、もしかしてお前、俺がお前の弁当独り占めする事に実は怒ってんのか?」
「いや、違うよ、単純に一口食べさせたかっただけ」
密に関節キスなんて出来れば超ラッキーだなんて思っていたなんて言えない。
いや、言わない。
花村は困ったように頭をガリガリ掻いて、若干高い真澄の目線に上目遣いで合わせて来る。
「…どうしても食べなきゃダメ?」
「一口くらいは経験だと思って諦めろ。ほら、アイドルりせの手料理なんて滅多にないぞ」
「いや、まー、そうなんだけどな…」
「漢ならやらなきゃならないときがある」
「…わ、わかった」
なんだかんだで、花村は真澄の言うことは聞いてしまうようで、信頼されているのだなと、変に実感する。
よくわからない理由を付けて、言いくるめると、ぎゅっと目をつぶって、口を恐る恐る開けてくるところといい、何て可愛いんだろう。
ここに他に誰もいなければ、引き寄せて、唇を奪ってしまえるのに。現実は、花村が嫌いな(しかも得体の知れない)豆腐を食べるかどうかを、興味津々で見守っている、仲間達がいる。
真澄はにこにこと笑顔を絶やさずに、容赦なくスプーンを花村の口の中に突っ込んだ。
「ん…もぐ…ブバッ!! な、なんだこりゃああああッ! ま、真澄…てめッ」
花村は一口咀嚼して、速攻口の中のものを噴き出した。
真澄は、そうでもなかったのだが、舌の肥えている花村にはとても食べられた代物ではなかったようだ。
まあ、分かっていて敢えて、食べさせているところが、我ながらヒドいと思うが。
「食べ物は粗末にするなよ、陽介」
「いや、これ、マジで洒落にならねェから!」
「えー、ひどぉい! りせ、一生懸命作ったのに」
「じゃあ、食ってみろ、いいから、食え!」
そっと白鐘が渡してきたお茶を、一気飲みした花村に、真澄の持っていたスプーンが奪い取られた。
花村はそのスプーンに久慈川が作ってきた弁当の豆腐を掬い、それをそのまま久慈川の口に突っ込む。
普段は意外と誰に対しても腰が引けているクセに、頭に血が上ったときや、いざというときの花村の行動は、思っている以上に頼りになる。いや、この場合はヤリスギ…とも言うかもしれない。
久慈川は口の中に突っ込まれたスプーンの中身を、びっくりしてどうしていいか分からず、瞬きを繰り返し、仕方なく食べることにしたようだが、すぐに、青い顔になって、口元を押さえた。
「………ご、ごめんなさい」
流石に、花村のように吐き出すわけにはいかなかったのだろう物体を何とか飲み込んで、久慈川はしおらしく自分の非を認めた。自分でも想像を絶する味だったようだ。
「陽介が言ってたように、味見大事だって分かった?」
「真澄センパイ…はい」
「見た目が可愛いからって、チョコとかご飯に載せるなよ」
「はい…」
ショボンとしている久慈川の頭を軽く撫でてやる。
花村に食べさせなければこういうことにはならなかったのだろうことは、分かってやっている(否、空気読めない巽辺りが騒ぐだろうが、説得力がないために無視されるだろう)ので、真澄は若干の罪悪感を覚えたのだ。
瞬時に沈んだ空気を混ぜっ返すように、花村がその場を盛り上げる為に、話題を転換させる。
花村のこう言うときの空気の読み方は絶妙だ。
「ま、りせちーもこれで反省したってことで、他の弁当食うことにしようぜ!」
「じゃあ先輩のソレもここに出した方がいいッスね」
「う…確かに他の持ち寄りだけじゃ足らないか?」
後生大事に抱えていた弁当を巽に指さされて、とても名残惜しそうにその弁当を見る。
渋々差しだそうとする花村の手を止めて、真澄はにっこりと笑う。
「いいよ、俺、これでいいから、陽介はその弁当を気にせず食べていい。後は、りせが俺の弁当で、完二と直斗は各自の弁当を食べれば問題ないだろう」
「え? 先輩、それはッ」
「センパイ、りせに気を遣わなくていいよ」
「大丈夫だよ、まだ食べられるじゃないか。うちの近所に犬の餌以下にしかならないような料理しか作れない奥さんがいてね、よくお裾分けいただいてるから」
「ちょ、お前、そんなもん食ってんのか?」
想像を絶する料理というものは結構どこにでも転がっている。食べ物は粗末にしないようにしてほしいものだ。
まだ、菜々子の作った朝食(パンを焼くだけ、そして目玉焼き)の方が全然おいしい。
「いや、一口前に食べて死ぬ思いをしたから、今は釣りの餌に役立たせてもらっているな」
「魚の餌って…そんなの川にバラ撒いて大丈夫なのですか?」
「一応食べ物だし、これが意外と魚には好評でね、よく釣れるんだ。だからそれに比べれば、比較対象にすらならないし、りせはどんどん料理の腕を上げてきてるから、これから挽回すればいいんだよ」
「はい、センパイ」
魚の餌にしかならないようなものしか作れない隣の奥さんはある意味天才だと思うが、どうして、こうも特捜部の女性メンツは、料理に独創がかったものしか作れないのだろうか。
皆それぞれ可愛がられて育てられてきたということだろう。可愛がり過ぎも問題あるのだなと、己の母親の教育方針があながち間違ってはいなかったのだということを悟った真澄だった。
「じゃあいただこうか」
「おう、いただきまーす!」
「いただきます」
「ごめんね、センパイ。いただきます」
「いただきまーす」
それぞれの食べるものを前に、手を合わせて食べ始める。
豆腐弁当も舌先の刺激以外は、慣れればそこそこ食べられるものだった。以前、林間学校で味わった、里中と天城のお手製カレーに比べれば、全然マシだった。
「うおおおお、やっぱり真澄の弁当うめぇ! 肉団子サイコー!」
「ホント、美味しい」
真澄の弁当を食べている花村と久慈川が感動に打ち震える。
隣に座っている巽と白鐘が、その反応によだれを垂らさんばかりに、二人の弁当をのぞき込んでいる。
「はい、直斗君」
「あ、ありがとうございます。うわ、ホントだ、美味しい」
「あと、完二にも仕方ないからあげるわよ」
「え? マジで? ふぉぉぉッ、流石ッス、先輩」
その視線に気づいた久慈川が、二人に肉団子をお裾分けする。巽も白鐘も一口食べて、同じような反応を返す。
そんなに美味しいものを作った覚えはないので、真澄は首を捻ってると目の前に肉団子が突き出されてきた。
「マジでうめぇって! 真澄ってホントすげェよな」
キラキラとした尊敬のまなざしが花村から真澄に向けられる。その笑顔にクラクラしつつ、真澄は肉団子を食べさせてもらった。
肉団子を噛みしめつつ、真澄は今の幸せにこっそり浸る。
こういう顔をしてくれるなら、何度だって花村のために弁当を作ってきてもいい。
ひとしきり、弁当を味わって(何度か花村から分けてもらえた幸せに、今後は用意する弁当を一つにしようと心に誓った真澄だった。)一息ついたところで、白鐘が話題を振ってきた。
「そういえば、先輩達がいらっしゃるまで、僕たち色々と話し合ってたんですよ。でも一つだけどうしてもわからないことがあったんですが…」
「そう、あのね、私たち、ペルソナって1つしか持ってないし、それぞれ弱点があるし、得意とするものも決まってるよね?」
たとえば、花村なら疾風系が得意だが、雷系は苦手だというそういうことを指しているらしい。
確かに、真澄は複数のペルソナを有し、その場で敵対するシャドウに最も有効なペルソナを選択することができる。
「そうだね」
「でも、真澄先輩は、ペルソナをたくさん持っていらっしゃるようですし、その、弱点ってないのかなぁと思いまして」
「弱点?」
「そうッス、先輩の弱点。人間なら一つくらいは持っててもおかしくないじゃねェッスか」
「うーん」
弱点と聞かれて、真澄が即座に思い浮かんだのは、花村の顔だったのだが、流石にソレは言えない。他に弱点……菜々子とか。いや、菜々子は護る対象であって、決して弱点にはなり得ない。
「馬ッ鹿、お前ら、真澄に弱点なんかあるはずねェだろ。こいつ、トクベツなんだからさ」
花村が、そんなものは話し合うだけ無駄だというように、手を振る。
「何よ、確かに花村センパイの中では真澄センパイが特別かもしれないけど、りせ達だって気になるのよ、それを聞いてみたっていいでしょ!」
「は? ちょ、待て、何で俺の中で真澄が特別になるんだ! 俺が言ってんのはペルソナのことで…」
「嘘つき!」
「あ、いや、特別じゃないわけじゃなくて、ある意味俺の中で真澄は特別かもしんない…」
「ほら、やっぱり!」
「確かに真澄先輩が僕たちの中でそれぞれ特別なのは仕方ないことなんですよ。でも…って、あれ? 真澄先輩顔が赤いですよ?」
ふ、と真澄を見た白鐘が首を傾げてくる。
「え?」
頬に手を当てると確かに熱い。
それは、意味なく花村に『特別』だといってもらえたことに対して、自分が止めどなく喜んでいる証拠だった。
確かに花村の中では、自分は他の友人達に比べると特別な位置にいるだろう。それは理解している。
しかしそれを面と向かって『特別』だと言葉にされると、また違った意味合いに聞こえてくるのだから、しようがない。
「あー、僕なんだか分かってしまいました。すみません」
なぜか、白鐘まで顔を赤くして謝ってくる。
花村も、久慈川も巽も、さっぱり意味が分からなくて、首を捻る。
洞察力の高い白鐘は、真澄の恋心に気づいてしまったのだ。なんたる失態。
それだけ、普段は露わにならない感情が表情にでてしまっていたということだ。
「直斗君、何が分かったの?」
「え? あ…、あの言えません」
ちらっと真澄を見てくる白鐘に、首を振って教えてはだめだという意志を伝えると、困ったように笑った。
「何? 気になるじゃん、もしかして真澄の弱点分かったってのか?」
「あ、あの、いえ、そうじゃなくて」
花村も食い下がってくる。が、ここでバレては元も子もない。
「直斗は、俺の弱点が分かってしまったんだよ」
「え? やっぱり弱点あるのか?」
「そりゃ、俺だって聖人君子じゃないんだし、嫌いなものとか苦手なものはあるよ」
「な、何ッスか?」
食い入るように皆が真澄をジッと見つめてくる。
白鐘に目をやるとホッとしたような困ったような表情を浮かべている。ついうっかり分かっちゃったなんて口に出してしまったことを後悔しているようだった。
「キライなものと言えば、ネギ。苦手なものは、うちの母親だよ。あの人にだけは多分一生頭が上がらない。まあ、それは置いておいて、もう一つ、これが直斗にバレちゃった」
「弱点だな。で、なんだ?」
ゴクリと唾を飲み込む花村の襟首をひっ掴んで、「お前だ、コノヤロー」と叫べたらどれだけすっきりするだろう。
どれだけ勇気があっても本当のことを言えなければ意味がないのだが、まだ、真澄は言えなかった。
「それは『特別』って言葉だ。俺が皆の中で特別であるように、俺の中でも皆は特別なんだよ。うれしい」
「ちょ、待て、それ全然弱点になってねェじゃん!」
「あのね、だから、俺の中で特別な陽介やりせや直斗や完二が傷ついたり、悲しんだりすると俺もツライし、その原因を取り除くためならなんだってしてあげる」
聞いていた全員の頬が赤くなったのは言うまでもない。
物理的なペルソナという意味での、弱点なんて、真澄は持っていないけれども、精神的な弱さは自覚してしまえば、強さに変えられるものだ。
「そこに気づいたんだよね、直斗」
「え? あ、はッ、ハイ、そうです」
若干違うけれども、嘘はついていない。
真澄は口元に指を一本だけ立ててみせる。
「これ、恥ずかしいから、雪子たちにはナイショにしててくれよ」
「分かった」
真澄の言葉にそれぞれが頷く。
これでいい。
花村への想いは、ここを出ていくまで自分の中にしまっておくつもりだ。
ちょうどタイミング良く昼休み終了の予鈴が鳴り響く。
一年生組と分かれて、真澄と花村は教室に戻ることにした。
きっと、何度も夢を見てしまうだろう。
その度に、後悔するのだろう。
けれど、自分が選んだのだから、受け入れるしかないのだ。
せめて、自分が花村の中の特別な位置から、転がり落ちるようなことがないように、祈りながら。
―-―了
****************************
コピー本「Weak! & 1more?」の煌椰の話の方でした★
- 作品名
- 特別な弱点
- 登録日時
- 2009/09/18(金) 01:17
- 分類
- ペルソナ4::SS(煌椰)