070817OUT「Trick taking game」オフ本より一部抜粋
今日は三人で昼食を取ろうという事になり、パンを買ってから中庭に移動した。
3人で中庭の柿木の下に座って袋からパンを取り出す。
綾時は順平のパンの袋と自分のパンの袋、それと僕の袋を見比べて目をまん丸にさせた。
「それ……、全部一人で食べるの?」
三色コロネに齧り付きながら、僕は頷いた。ますます綾時の目が丸くなる。
それもそうだろう、僕の袋の中にはパンが合計6個も入っている。育ち盛りの男子高校生にしても食べすぎの量だ。綾時は二個、順平でさえ三個のようで、僕の6個はかなり異色だ。
「すごい量だね、いつもそんなに食べるの?」
「いつも思うけどよ、お前のその細い体のどこにそんだけ入ってくんだよ」
綾時はよほど驚いたのか自分のパンに手をつけず、僕をまじまじと見つめている。
人に見つめられながら食べるのは少し居心地が悪いが、気にせずに二つ目のカツサンドの袋を破る。
自分のパンを食べながら、順平はそれを笑ってみている。同じ寮生である彼には見慣れた光景なのだろう。
「最近減った方。前はもっと酷かった」
「これで…?!」
6個でも前の僕に比べたら少ないほうだ。前は平気で10個はいけた。
何故かはわからないが、先週くらいから少しづつ食べる量が減ってきたのだ。
前はグルメキングと5件梯子も余裕だったのに、この所は3件くらいでお腹いっぱいになってしまう。もともとが異常だったので、エンゲル係数が減るのは経済的にも大歓迎と思っている。
綾時は思い出したように自分の袋から取り出したメロンパンにパクリと齧りつく。
もぐもぐしながら、それでも目はまだ僕を見ている。そんなに珍しいのだろうか。
「あ、これおいしい」
一口メロンパンを飲み込んだ綾時は嬉しそうにニコリ笑う。
綾時は明るい。
彼が屈託なく笑うと、まわりがパッと明るくなるようだ。
けれど、僕にはそれがどこか少し儚く見える。次の瞬間には、どこかへ消えてしまいそうな、危うさ。
僕は、そんな時言いようのない不安を覚えて、彼を捕まえたくなる。
「…どうしたの?泉君」
気がついたら、僕は手を伸ばして隣の綾時のマフラーの先を握っていた。
順平も手を止めて僕を不思議そうに見ている。そんな目で見られても僕が一番不思議に思ってる。
言い訳が思いつかなくて、僕はそれを引っ張った。
前に彼が引っ張ってもいいと言っていたのを思い出したから。
「何?」
グイッと少し強めに引っ張ると、綾時の身体が僕の方へ傾ぐ。
大事そうに両手で持ったメロンパンが視界に入った。どう誤魔化そうか悩んでいた僕は、それに思いっきり噛み付いた。そして、盛大に噛み千切った。
「あーーーー!!」
もぐもぐと僕がメロンパンを咀嚼すると、大きく齧られた自分のパンを見て綾時が泣きそうな顔をする。
メロンパンごときでそんな顔をする彼に、思わず噴出しそうになる。まるで目の前で餌を取られた子犬だ。
「そんなにいっぱいあるのに、どうして僕のを食べちゃうのさー!」
「……うまいって言うから」
「お前どんだけ食い意地はってんだよ」
順平がゲラゲラ笑う横で、口を尖らせた綾時は僕に抗議する。
たれ目を少しだけ吊り上げた彼のふっくらした頬は、触り心地が良さそうでつっつきたくなる。
打てば響くような反応を返すのが面白くて、コロコロ変わる表情が可愛くて、僕はますます意地悪をしたくなってしまう。
「早く食べないと、もう一個も味見するよ?」
「えっ、ちょっ、ダメだよっ!」
嘘だよ、ごめんね。
僕は笑いながら苺サンドを口に頬張って、その言葉は飲み込んだ。
綾時は慌ててメロンパンを口に運んでいる。必死に食べる姿がまた笑いを誘う。
僕らが騒いでいる間に全てパンを食べ終わった順平が袋を片付けてから立ち上がった。帽子を軽く被りなおしてから、ひょいっと僕らに向かって片手を挙げる。
「わりぃ、俺さ、午後の数学のプリントまだやってねーんだわ。教室戻って誰かに写さして貰うから先行くな」
「うん、頑張ってね、順平君」
綾時が笑顔で手を振る。そこは自力でやれよと突っ込む所だろうと思いながら、僕は手だけ振って見送った。
順平がいなくなった後、最後6個目のクリームパンを食べ終わると、食べかけのコロッケサンドを持った綾時と目が合った。
「あ」
綾時が小さく口を開く。
僕の顔を凝視する彼の顔が間抜けで、反応が遅れたのは失態だった。
綾時が僕の方へと首を伸ばした意味を、僕は咄嗟に図れなかったのだ。
ぺロリ、と頬を生暖かい感触。
すぐに離れたそれを目が勝手に追いかけると、悪戯っ子のような顔をした綾時がいた。
「クリームついてたよ。ふふ、さっきのお返し!」
「…………」
僕のぎょっとした顔に満足したのだろう、綾時は声を出して笑う。
さっきのメロンパン、一口で全て食べてやればよかったと僕は後悔した。まだ残っているコロッケパンにちろりと視線をやると、慌てて綾時はそれを口に詰めた。
内心で舌打ちして、仕方ないので僕は手を伸ばして再びマフラーを握った。
「え、泉君?」
マフラーの二本の端と端を引っ張って、肩の上でリボン結びにしてやると悔しい気分が少し晴れた。
首の横に可愛くリボンを付けられた綾時は、目をぱちくりしている。
僕は微笑を浮かべて彼を見ながら言った。
「可愛いよ、望月」
瞬間、綾時の眉間に皺が寄る。男が可愛いと言われて嬉しいわけはないだろう。
綾時はぷぅと頬を膨らませた。年頃の男とは思えない幼い仕草にまた噴出しそうになる。
「綾時!」
「は?」
てっきり文句を言われると思っていたら、怒った顔で綾時が口に出したのは自分の名前だ。僕は意味が分からずに聞き返す。
するとますます怒った顔で、もう一度彼は繰り返した。
「りょ・う・じ! 何、望月って!」
「……お前の苗字だろ」
「そうだけど、君には名前で呼んで欲しいの!」
まったくの見当違い。
僕に苗字で呼ばれることがいたく気に入らないらしい綾時は、口を尖らせて抗議する。もちろんマフラーはリボンのままだ。
おかしな格好でおかしな主張をする彼が不思議すぎて、僕は苦笑を浮かべた。
「わかったよ、……綾時。…これでいい?」
「あ、……うん」
はっきり、彼の名前を口に出して呼んで見た。綺麗な語韻の彼の名前は耳に優しい。
僕に名前を呼ばれると、それまで膨れていたのが嘘のように綾時はおとなしくなった。照れたのか頬を染めて、しきり頷いている。
本当に何から何まで行動が変わっていて、飽きない。
「不思議だなぁ、君に名前を呼ばれるのが僕はとても嬉しいよ」
「…変な奴」
「へへ、そうかも。僕、君にはじめて会った時、何故か懐かしい気分になったんだ。いや、今もふとした瞬間にそう思うよ。どうしてだろう?」
懐かしい。
綾時の言葉に僕は僅かに目を見開いた。
それは僕も同じように感じていた感情。同郷の人に出会ったような、どこか似ているような、懐かしくて切ない、そんな気持ち。
僕を見つめる青い大きな瞳に、向けられる淡い微笑みに、感じるデジャヴの意味を。
キーンコーンカーンコーン――
「あっ…、昼休み、終わっちゃったね……」
どこか胡乱な記憶に捉われそうになった時、校内に響き渡った鐘の音がそれを遮った。
二人で顔を上げて、そして顔を見合わせて何故か気まずい笑みを浮かべる。
立ち上がってズボンについた草を払っていると、そういえばマフラーがリボン結びのままだった事に気がついた。
「それ、解かないのか?」
「うん、せっかく君が結んでくれたから。可愛いって言ってくれたし」
にっこり嬉しそうに笑う綾時に、僕は絶句した。
おかしな奴だと思ってはいたが、綾時はことごとく僕の想像の斜め上を棒高跳びする。
彼の頭の中にお花畑が見えて、僕は軽く溜息を吐くと目を細めた。
「……バーカ」
「えっ、ひどい!」
「行くぞ」
「あ、待ってよ~!」
さっさと歩き出した僕の後を、能天気な少年は犬っころみたくついてくる。
僕が結んだ、大きな黄色いリボンの首輪をつけて。
- 作品名
- Trick taking game 2
- 登録日時
- 2008/08/24(日) 19:47
- 分類
- ペルソナ3::SS(千里)